日本教育史学会

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2月28日第685回例会(学習院大学会場)北村桜氏の研究発表【プログラム・ノート】

2月28日第685回例会(学習院大学会場)北村桜氏の研究発表【プログラム・ノート】

 <第685回例会>
*日   時:2026年2月28日(土曜日)  午後3時~5時 (対面で実施)
*会   場:学習院大学 北一号館2階教育学科模擬教室
*プログラム:近代日本の学校体育における舞踊教育の展開――「遊戯」をめぐる身体の規律化と内的な表現との相剋を手がかりとして――
          北村  桜 氏
      司 会 須田 将司 氏

【プログラム・ノート】
 報告者は、近代日本の学校体育における身体の規律化と、子どもの内的な表現欲求との相剋を、「遊戯」から「ダンス」への変容というプロセスを通じて考察してきた。本報告では、1913年「学校体操教授要目」の立案者である永井道明を起点に、身体の規律化を主目的とする体育という枠組みの中で、いかにして舞踊は「遊戯」の項目の下に教育的論理を構築し、戦後の創作ダンスへと接続されたのかを、本報告の中心的な問いに据えて論じる。この問いに対し、以下の3つの論点を中心に報告する。
 第1の論点は、1913年「学校体操教授要目」制定における体操と遊戯を統合したカリキュラム編成の内実である。1906年「体操遊戯取調報告」において、舞踏的遊戯は審美的情緒を育成する運動として注目されたが、永井は舞踏的遊戯を「全身調和的生理的運動」として設定し、その主眼を身体の鍛練においた。永井は、学校で課す遊戯を日常生活における娯楽的な遊戯から厳格に分断し、身体の鍛練という体育の目的に適う遊戯のみをカリキュラムに位置づけたのである。
 第2の論点は、女子体育の文脈における舞踊理論の体系化である。1930年代、戸倉ハルは歌詞にあわせて振付を踊る「唱歌遊戯」の教授を通じて、律動的な運動による情操陶冶を志向した。戸倉にとって、身体とは、単なる規律化の対象ではなく、音楽との調和によって自発的な表現を引き出す媒体であった。ここに、身体の規律化を優先する従来の体育とは一線を画し、個人の表現欲求の発露を教育的価値として認める論理が形成されたといえる。
 第3の論点は、戦後の創作重視の舞踊教育への連続と転換である。1947年「学校体育指導要綱」による「ダンス」項目の新設は、松本千代栄による「事物になりきる遊び」の実践が基盤となっている。松本は、戸倉の教授法を、あらかじめ決められた振付をなぞる外的な模倣にすぎないと批判し、子ども本来の表現は、創作の過程であらわれると主張した。これにより、かつて身体の規律化と対峙していた「遊び」が、外的な模倣を排した表現の源泉として再定義され、戦後の体育における創作ダンスの原点へと昇華されたのである。
 本報告は、身体の規律化と、個々の表現欲求の重視という、2つの原理がせめぎ合うプロセスの中に、舞踊教育の確立過程を見出した。学校体育における「遊戯」から「ダンス」への変遷を紐解くことで、近代日本における身体教育の形成過程に新たな視座を提供したい。  (北村桜氏 記)

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