日時:2018月6月23日(土曜日)午後3時から5時
会場:立教大学 池袋キャンパス 12号館 地下1階 第2会議室
〒171-8501 東京都豊島区西池袋3-34-1
アクセス:「池袋駅」下車 西口より徒歩約7分
プログラム:明治期の日本女子大学校卒業生による「大学拡張」運動
渡辺 典子 氏(武蔵野美術大学ほか・非)
【プログラム・ノート】
本報告は、明治期の日本女子大学校の卒業生を対象として、近代日本の女性による大学拡張運動の実態の一端を明らかにすることを目的とする。先行研究において大学拡張運動の展開については、大学が主体となった講義録発行に関する研究から、近年では学生による取り組みの地方巡回講演を日本的な「大学拡張運動」の一翼を担うものと捉え直す研究まで、多様な実態が明らかにされてきている。
本報告では、これまであまり注目されてこなかった女性に焦点を当て、大学拡張運動を別の角度から検討する。すなわち、日本女子大学校が中心となった講義録発行などの活動ではなく、日本女子大学校の卒業生たちが社会に出ても学び続けながら、その成果を社会に拡大することで、各自が置かれていた状況をより良くしていこうとする活動に着目する。
1904(明治37)年、日本女子大学校の最初の卒業生が「桜楓会」を組織した。これは単なる同窓会組織にとどまらない、卒業生たちが一生涯学び続けるよりどころとなる組織であった。この「桜楓会」は、日本女子大学校の創設者成瀬仁蔵による「大学拡張」論で「大学拡張」の「教育的要素」として、卒業生たちは「大学拡張」の「担い手」として位置づけられた。成瀬の「大学拡張」論は1908(明治41)年にまとめられており、成瀬は桜楓会会長という立場で、卒業生たちの活躍を見守りながら「大学拡張」の構想を練り上げたと考えられる。
明治期の日本女子大学校卒業生に関する先行研究では、社会的に特に活躍した個人が取り上げられるのみであり、成瀬が卒業生たちをどのように育てようとしたか、それに対して卒業生たちがどのように自己形成していったのか、については明らかにされてこなかった。そのような状況をふまえ、本報告では明治期の卒業生全体の動向を明らかにするとともに、卒業生たちがどのように自己形成を行おうとしていたかを「大学拡張」の観点から明らかにすることで、大学拡張運動の実態の基盤を明らかにしていきたい。
〔渡辺典子氏 記〕