日本教育史学会

日本教育史学会は1941年から毎月の例会を開始し、石川謙賞の授与と日本教育史学会紀要の刊行を行う、日本の教育の歴史についての学会です。

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2019年7月27日(土) 第633回例会:奈須恵子氏【プログラム・ノート】

2019年7月27日(土) 第633回例会:奈須恵子氏【プログラム・ノート】

日時:2019月7月27日(土曜日)午後3時から5時

会場:立教大学 池袋キャンパス 12号館 2階会議室
   〒171-8501 東京都豊島区西池袋3-34-1

アクセス:「池袋駅」下車 西口より徒歩約7分

プログラム:近代日本における「東洋史」研究・教育の始まりと市村瓉次郎
奈須恵子 氏(立教大学)

【プログラム・ノート】
 近代日本における「東洋史」研究・教育の始まりについて、最も大きな画期として指摘されるのは、那珂通世(1851~1908)による中等歴史教育への「東洋史」導入の提唱(1894年)という出来事である。中等教育のための科目として提唱された「東洋史」が、実際に1900年代には中等教育段階の歴史教育の中で制度化されていくのと並行して、1890年、学習院高等学科のカリキュラムにおかれた「東洋諸国歴史」という科目の担当者となった白鳥庫吉(1865~1942)によって、従来の「支那史」では扱ってこなかった「東洋諸国」の歴史研究が始められ、それは、やがて東京帝国大学における「東洋史」研究の展開につながったということも、「東洋史」の歴史を語るうえでは不可欠となっている。
 それでは、学習院高等科のカリキュラムに「東洋諸国歴史」が置かれ、それを白鳥庫吉が担当することになったのは、どのような経緯によるのであろうか。報告者は以前より、学習院高等学科「東洋諸国歴史」創設のキーパーソンは市村瓉次郎(いちむら・さんじろう 1864~1947)であることを指摘してきたが(拙稿「学習院高等学科における『東洋諸国歴史』の導入」立教大学学校・社会教育講座教職課程『教職研究』第20号、2010年4月)、本報告では1880年代後半の東洋学会での市村瓉次郎の活動に示されていた「東洋ノ歴史」研究進展の構想や、そこに見られる市村の「東洋史」観を中心に検討していきたい。1880年代後半には既に、市村は自らの身に付けた学問的方法論の限定性を自覚しつつ、「西洋ノ技法」のトレーニングを受けた研究者による、中国や中国と関係するアジア諸地域の歴史研究をおこして、研究全体の活性化・進展をはかることについても構想していた。このような構想を具体化できる人物として市村の目の前に登場してきたのが、帝国大学文科大学史学科卒業生でルドウィヒ・リースに実証史学の手法を学んだ白鳥庫吉であった。本報告では、市村と白鳥の学習歴の相違などにも触れつつ、市村が「東洋諸国歴史」を自分では担当せず、白鳥に担当させた背景・企図を解明していく。
〔奈須恵子氏 記〕

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