日本教育史学会

日本教育史学会は1941年から毎月の例会を開始し、石川謙賞の授与と日本教育史学会紀要の刊行を行う、日本の教育の歴史についての学会です。

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2020年3月28日(土) 第640回例会:須田将司氏【プログラム・ノート】

2020年3月28日(土) 第640回例会:須田将司氏【プログラム・ノート】

日時:2020月3月28日(土曜日)午後3時から5時

会場:立教大学 池袋キャンパス 12号館 地下1階 第2会議室
〒171-8501 東京都豊島区西池袋3-34-1

アクセス:「池袋駅」下車 西口より徒歩約7分

プログラム:大日本青少年団の錬成論―「共励切磋」の提唱と展開―
須田将司 氏(東洋大学)

【プログラム・ノート】
 1941年3月14日に文部省訓令第2号「大日本青少年団ニ関スル件」が発せられた。その第二条には「皇国ノ道ニ則リ男女青少年ニ対シ団体的実践鍛錬ヲ施シ共励切磋不抜ノ国民的性格ヲ錬成」との目的が掲げられた。それは、学校における「基礎的錬成」をベースに、青少年団の「団体的実践鍛錬」によって「共励切磋」を内面化した青少年の形成をめざす構想であった。なかでも「共励切磋」は大日本青少年団独特の用語として、先行研究(上平泰博)では学校教育の「同一年齢」に対し「異年齢の隊組織」を前提とする「別個の教育原理」と指摘されてきた。
 しかしながら、いかなる経緯で登場し、錬成の具体的イメージとして展開が図られたのか、未だ十分に捉えられていない。「共励切磋」が目指した錬成の姿とは、どのような独自性や限界があったのか。
 ヒントとなるのは、文部省訓令第2号の策定当初は「共励切磋」が無く、団体名も「大日本青年団」であったことである。これが「大日本青少年団」と修正されていく過程で、「共励切磋」も入り込んでいる。青年団を青少年団とすべきと修正意見を出したのは、1930年代に学校少年団の組織化を主導してきた帝国少年団協会であった。彼等の少年団論に「共励切磋」のルーツがあるのかどうか、精査が必要である。
 一方、1930年代に報徳教育から派生していった「学校常会」論が、大日本青少年団幹部層により「共励切磋」と重ねて論じられていった。
 これらを「共励切磋」の提唱と展開ともいえる動向を、1930年代の帝国少年団協会の刊行物、1940年代の大日本青少年団の機関誌類、さらには各地の実践報告類などを参照しながら照らし出すことを試みたい。
〔須田将司氏 記〕

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